意味から始める情報学

なぜ、マスメディアの情報はイマイチ信頼できないのか。それは意味がわからないからだ

黒川元東京高検検事長のマージャン騒動について②-公務員と記者との関係性についてスタンダート(規準)はあるのか

前回のブログで、黒川元東京高検検事長のマージャン騒動に絡み、①捜査機関と報道機関の関係、そしてそれを背景とした②マスメディア情報の性質(言明と情報の通り道)について書きました。今回は、①について少し補足します。

 

alvar.hatenablog.com

 

捜査機関と報道機関の関係-取材先(特に公務員)と記者との関係性についてスタンダート(規準)はあるのか

文春の記事は、スクープに関する人事院の見解を載せており、それによれば

 

(国家公務員と記者が賭けマージャンをし、ハイヤーで送迎してもらった場合)「国家公務員が、会社の利益を目的とする人物(記者)から、社会通念上相当と認められる程度をこえて、接待や財産上の利益供与を受けている場合、国家公務員倫理規程に抵触するおそれがあります」

としています。

(なお、賭けマージャンは刑法犯であり、倫理法以前の問題。国家公務員法の一般服務義務に違反する可能性があり、懲戒免職といった事態も想定される、としています)

 

当の国家公務員倫理規程をみてみましょう。1990年代後半の公務員不祥事を背景に国家行員倫理法が制定され、倫理規程において具体的なルールが定められています。なお、処罰の対象になるのは国家公務員で、違反行為に関係した事業者や個人の方は処分の対象になりません。

 

倫理規程において国家公務員に禁止される行為は、相手が「利害関係者」か否かで大きく異なる点がポイントです。仮に「利害関係者」であった場合は金銭、物品等の贈与を受けること、供応接待を受けること、ともにゴルフをすることなどが禁じられます(ちなみにゴルフは割り勘でも)。具体的に制約を受ける内容が細かく列挙されています。

 

「利害関係者」でない相手については、供応接待を繰り返し受ける等社会通念上相当と認められる程度を超えて供応接待又は財産上の利益の供与を受けてはならない、とされており、具体的に禁止される内容、程度が必ずしも明確ではありません。この点、違反行為か否かを分けるポイントとして、①原因・理由の相当性②対象者の限定性(国家公務員限定か)③ 金額(高額すぎないか)④ 頻度⑤ 相手との関係性(利害関係者に近いか)を総合的に判断する、と指針が示されています。

倫理法・倫理規程Q&A

 

誰が「利害関係者」にあたるか。倫理規程上8つの対象者が限定列挙されています。許認可等の申請をしようとしている者、補助金等の交付の申請をしようとしている者、立入検査、監査又は監察を受ける者などです。上記リンクのQ&Aでは「国家公務員が接触する相手方のうち、特に慎重な接触が求められるもの」と説明されています。ざっくりいえば、ある国家公務員の裁量、判断によって許可が得られたり、指導を受けたりする可能性のある事業者、個人ということになるでしょう。この列挙の中に、例えば「情報の提供を受ける者」、などという記載はありません。したがって、記者が国家公務員を接待していた場合でも、適用されるのは「利害関係者」以外の場合の規定になるでしょう。つまり、まさに「社会通念上相当と認められる程度」が判断規準です。

 

しかしながら、もともと公的機関(公務員)自体に情報開示、説明責任の義務があり、それらの活動に関する最低限の情報を提供するのは、事務業務の一環であると考えられます。例えば、警察や特捜が何らかの事件を立件したとなれば、容疑者、容疑事実を明らかにするなどは当然に行われるべきで、現にそのレベルの発表は、当局の側から、記者クラブを通じて行われています。つまり、一定の情報開示は報道機関の取材の自由とは無関係に、公務員の職務、職責として行われていると考えらえます。

 

そしてまた、当然メディア側にとっては報道が主たる経営活動なのだから、その情報収集の必要性を利用して、公務員の側が情報提供に関して恣意的にあるメディアを選択するといったようなことは、倫理的に問題があることはもちろん、なにかしら対価性の金品、サービスを受け取っていたなら、刑法上の賄賂罪の可能性があるのではないでしょうか。

 

この点、今回、検察最高幹部が自身の意向によりマージャンの場所を司法クラブ加盟社である新聞社の記者に用意させた上、ハイヤーの提供まで受けていることは、捜査情報に関する情報を司法クラブに独占的に提供してあげている見返り、もしくは日ごろお世話になっている謝意という色合いがあるのではないでしょうか。現状、警察や検察の情報提供は記者クラブに対してのみ行われており、そうした閉鎖性に批判もあります。そうした情報提供先の選択には信頼性や規模-情報提供側にとって効率性に資する-など、合理的な理由があると思いますが、提供先から役務提供を受けているのだとしたら、閉鎖性を利用した権力の濫用と言えます。あるいは、黒川氏個人からの情報提供に関し、このマージャンに参加した朝日、産経の二社とその他のメディアとに差があれば-そして、通常報道機関に対する情報提供は、オープンな会見の外で差が出てくるし、そのために朝回り夜回りといった慣行まである-、やはり特別な便宜を図ってもらった見返りにハイヤーを提供しているというように外観上は見えてくるでしょう。

公的機関(公務員)にとって、情報提供は職務の一環なのであり、その立場を利用した恣意的判断ができる以上、報道機関も実質的には利害関係者と言わざるを得ないと思います。

 

法律で公務員と記者の接触を規制することについては、取材の自由を制約することにつながり(最高裁は取材の自由について「憲法二十一条(表現の自由)の精神に照らし十分尊重に値する、としています(取材源開示拒否事件・最三小決2006))」、少なくともこれまでは、一般的に支持を得ることは難しそうでした。倫理規程上の「利害関係者」にならないことも、こうしたことが背景としてあったのではないでしょうか。

 

今回の騒動はもっぱら賭けマージャンに起因する黒川氏に対する訓告処分、氏の辞職によって、公務員と記者との関係における倫理規程上の問題がその後聞かれなくなったように思います。倫理規程上の「社会通念上相当」の規準を持ち出した場合に、例えばタクシー券の提供が違反行為であったとするならば(個人的には違反行為だと思いますが)、その影響は今回の事件にとどまらないでしょう。あらゆる国家公務員(および同様の規程が適用されているその他の地方公務員など)と記者との既存の関係性に大きくメスが入ることになるでしょう。だからこそ、その追及はしないのでしょうか?

 

そして、もし今回の問題を受け、今後何らかの形で公務員に対して、記者との関係を律するルールが設けられるとしたら、取材の自由との関係が論点になります。その場合にこれまでであれば、メディア側は、取材の自由に対する制約は許されないと反論できたところですが、今後も世論を背景にそのような主張が可能なのでしょうか。次は、メディア側で、公務員との関係に関して、何らかの規準を設けることについて考えてみたいと思います。