意味から始める情報学

なぜ、マスメディアの情報はイマイチ信頼できないのか。それは意味がわからないからだ

黒川元東京高検検事長のマージャン騒動について①-言明と情報の通り道

久しぶりに更新します。緊急事態宣言下、黒川東京高検検事長(すでに辞職)が新聞記者らと賭けマージャンをしていたとする週刊文春の報道について、①捜査機関と報道機関の関係、そしてそれを背景とした②マスメディア情報の性質(言明と情報の通り道)について書きたいと思います。

 

週刊文春の報道によると、5月1日と13日の2度にわたり、黒川前検事長産経新聞の記者2人や朝日新聞の元記者1人(元検察担当で現在管理部門)と都内で賭け麻雀をしていました。また、産経新聞朝日新聞も、賭け麻雀の事実を認めています。

 

このブログではメディア情報の意味(性質)ということを説明してきましたが、今回の報道はメディア情報を受け取る広く一般の方々にとって、「情報の通り道」ー誰の言葉(言明)が情報として伝えられていくのか、もしくは誰の言葉をターゲットにメディアの記者たちは取材活動しているのかーを直感的に理解するよい機会となったのではないかと思います。

 

 ここではあえて、「緊急事態宣言下」という特殊環境下での不適切行動、「賭けマージャン」の賭博罪の違法性については触れません。ごく単純に大手新聞記者が自宅まで提供して、捜査機関の最高幹部と日常的に集い雀卓を囲み、かつ幹部のハイヤーまでを提供しているという事実。この状況に違和感、不快感、不信感を抱かれた方は多いと思います。

 

しかしながら、このような取材先(特に捜査機関関係者)との関係性は少なくともニュースメディアの記者にとっては、太陽が東から昇って西に沈むがごとくに普通のことです。また、このような関係性を構築、維持することは、朝起きたら歯を磨くくらいの基本動作に位置づけられることです。今回のように報じられることさえなければ、新聞社内では奨励されこそすれ、お咎めにあうような話ではないのです。少なくとも今までは。(この点は次回、少し考察します)

 

私が大手新聞紙で記者をしていたときも、飲み会を催すのは当然のこと、間接的に知っている例では、合コンのセッティング(このときの捜査機関は警察)までしてあげていることもありました。入社1年目はほぼ例外なく事件担当になります。警察を中心に、検察への取材もあります。私のいた会社ではタクシー券の束が渡されていました。飲み会があれば、警察や検察に限った話ではないですが、相手にタクシー券を差し出すのは当然でしょう。(ただ、私の経験上は、これを受け取った公務員はいませんでしたが)

 

より深く検察取材に携わった方の実体験談として、今回の事件を受けた、元NHKで司法キャップや解説副委員長を務めた鎌田靖氏のコメントは非常に正直です。

headlines.yahoo.co.jp

 

鎌田氏自身、現役時代には検察官と麻雀をしたことがあるといい、「1000円、2000円くらいのお金を賭けていた。一番負けた時で数千円くらいだったが…」と振り返る。

「懇親会でカラオケに行くこともあったし、山歩きが好きな検察幹部がいて、疲れるのは嫌だったが各社が行くので付いて行ったこともある。それで山歩きが好きになったが(笑)。私が無能だったせいもあるが、検察担当の頃には、1年のうち休んだのが1週間くらいという時期もあった。そういう中で、普通では話をしてもらえないようなことを話してもらったこともある」。

ここで問題としたいのは、そのような背景を情報の受け手が理解しているか。こんなことを許容してまで情報を得ることの妥当性が説明されなければならないでしょう。取材のための「個人的関係」を重視すればするほど、取材先から記者が操作、影響を受けているという疑念を抱かせることになります。一般に「隠された(もしくは秘匿された)情報を取るのがジャーナリストの使命であり、そのためには関係者から信頼されねばならず、そのために取材先と公私にわたり付き合うことが必要だ」というような説明がされるでしょう。「情報」のところに「事実」とか「真実」を当てはめてもいいです。より、ジャーナリストっぽくなりますね(笑)。ただし、この場合の「隠された情報」「隠された事実」「隠された真実」とはどこまでいっても「捜査情報」です。この「捜査情報」を得るために記者は日中は庁舎の中の記者クラブを中心に活動し、朝晩は捜査関係者の家へ「朝回り」「夜回り」に日参します。「司法担当」といっても、その実は「検察担当」で検察を追っています。

 

情報を取るためにどれだけ取材先との関係に気を配る必要があるのか。朝日新聞の「ジャーナリスト学校」が入社3年目までの記者を対象に提供した研修の「エッセンス」を、「記者入門ガイド 報道記者の原点」(岡田力著 リーダーズノート出版 2014)で読むことができます。

警察取材の説明を少し抜粋してみます。警察の幹部である本部長、各部長といかに信頼関係を築き、事件や事故が起きた時に話を聞き出せるようにしておけるか。

ただ、会えなければ取材はできません。ここで重要なのが本部長や部長の秘書役です。秘書役の警察官や事務員は、新聞記者に会わせないことが「自分の仕事」だと思っているところがあって、取材の壁になることがあります。そこで、秘書役を味方につけるのです。お菓子やお土産を持っていくなど、いろいろ工夫します。「本部長を落とすにはまず秘書役から」です。(第五章 事件・事故取材講座)

この本は公に刊行されている出版物ですから、ここまでであれば、世間に知られてもまずくない、という認識で書かれているはずです。現場で行われている、色々な関係づくりの努力のうちのほんの一部が示されているに過ぎないわけです。それでも、一般の読者は違和感をもつのではないでしょうか。

 

少し脱線しますが、記者たる者、いかに取材先(捜査関係者)との関係構築について、気を使って取り組まなければいけないのか、その心構えが色々と説かれていて、特に面白い下りがありました。

 

私は、朝駆けで一番注意しなければならないのはトイレだと思っていました。毎朝6時に起きて、満員電車で出勤する捜査員の立場を考えてください。朝起きたら、まず何をしますか。顔を洗って、歯を磨いて、それからトイレに行きます。大きい方だとタイミングが実に難しいものです。朝、ちゃんと出していれば気持ちよく出勤できるのですが、ちょっとしたタイミングのずれで出なくなってしまいます。このトイレを邪魔したのが新聞記者だったら、どう思いますか。「あいつのせいで不快だ」と一日中思います。そんな記者に情報を提供すると思いますか。朝から人が訪ねてきただけで使が出にくくなります。外に人の気配がしただけでもダメです。そういうこともあって、チャィムは鳴らさない方がいい。どうせ待つていたら出てくるのだから、来ていることも気づかれない方がいい。こうした配慮はとても大切です。 (第五章 事件・事故取材講座)

研修つながりで補足したいことがあります。15年ほど前、私もまた若手記者として大手新聞社の地方支局にいました。たまに研修があり本社に行く機会があるのですが、そうした研修の一つで講師をされていた方にリクルート事件の特ダネ報道で名を馳せた方がいました。当時「検察」担当だった方です。また、別の研修、「司法取材研修」というのがあり参加させて頂いたのですが、裁判員制度の開始が間近だったので、そうした司法改革について講義があるのかと思えば、中身は「検察取材研修」でした。

 

このブログを通じて、メディアの情報は誰かが言ったこと、誰かの「言明」である、と説明してきました。取材源が記者に話し、記者が原稿にまとめて読者に伝える。それが「情報の通り道」です。メディアは必要だと思っている情報の通り道に重点的に記者を配し、各記者は与えられた担当箇所でできるだけ効率的、効果的に時間を使います。記者が費やしている時間の内容が、情報の性質を表しています。メディアがターゲットにし、発信している情報とは何か、今回の報道を通して肌感覚で理解できたのではないでしょうか。 

 

また、続きを書きます。久しぶりの更新でしたので、これまでのまとめ投稿のリンクを貼っておきます。

本ブログでは、過去に大手新聞紙の記者をしていた私が、現在の専門である会計監査の視点から、メディア情報の性質、問題点を考察しています。

 

alvar.hatenablog.com

 

 

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