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意味から始める情報学

「マスゴミ」。なぜ、メディアが供給する情報はイマイチ信頼できないのか。それは意味がわからないからだ

吉田調書報道ー「命令」と「撤退」誰が決めるか、決めたか

前回のブログの続編になります。お伝えしたように、あえて吉田調書報道は問題なかったのではないか?という視点から考察します。吉田調書報道問題の内容と「言明」「アサーション」からの考察については前回のブログを参照頂ければと思います。

 

 

alvar.hatenablog.com

 

この報道で問題になったのは、つまるところ一面トップの大見出しで「所長命令に違反 原発撤退」と打った朝日新聞の「表現」が、吉田調書(=吉田氏の言明)を誤って伝えていたのではないか、ということです。さらに本文で「東日本大震災4日後の2011年3月15日朝、第一原発にいた所員の9割にあたる約650人が吉田氏の待機命令に違反し、10キロ南の福島第二原発へ撤退していた。その後、放射線量は急上昇しており、事故対応が不十分になった可能性がある」と伝えました。これは、吉田調書に対する朝日新聞の「評価」に関する問題です。

 

まず、見出しから考えてみましょう。

朝日新聞が設置する「報道と人権委員会」(PRC)は「命令に違反」した事実があったか、そして命令に違反した「撤退」はあったのかの2つに分けて検討しています。

まず前者の問い―「命令に違反」はあったか―ですが、前回お伝えしたように、この表現の根拠となったのは吉田氏の次の証言でした。

「本当は私、2F(福島第二)に行けと言っていないんですよ。(筆者中略)福島第一の近辺で、所内に関わらず、線量の低いようなところに1回退避して次の指示を待てと言ったつもり」

しかし、実際には吉田氏自ら「伝言ゲーム」と語っていたように、うまく所員には伝わっていなかったことが、その後の所員への取材でも明らかになりました。取材を受けた所員によれば、吉田所長の発言を直接聞く機会はなく、上司に指示されて第二原発行きのバスに乗ったが、その前日に話が出ていた第二原発に行くという方針が維持されたと受け止めたというのです。さらに、吉田氏の証言では「よく考えれば2Fに行った方がはるかに正しいと思ったわけです」と吉田氏自身が第二原発に行ったことを肯定していました。

したがって、PRCは吉田氏の指示は「所員の多くに的確に伝わっていた事実は認めることができない」「所員が第二原発への退避をも含む、命令と理解することが自然であった」とし、実質的な「命令」と評することができる指示とは認められない、としました。

 

これって、ちょっと違和感がありませんか?すなわち①指示が的確に伝わっていなかったこと②結果的に指示が適切でなかったこと、をもって命令はなかった、というわけです。

「命令」かどうかは、指示が適切に届いているか、指示が適切であったと指示を出した人が過去を振り返って評価しているかで決まるものなのでしょうか?私自身の見解としては命令と呼ぶか指示と呼ぶかは特段問題ではなく、「違反」という言い方に問題があったのではないかと思います。指示が届いていなかったのに、「違反」はさすがにおかしいですね。

 

「撤退」という表現について、記事を担当した記者らは、「一度第二原発に退避すると簡単に戻れないこと」や「第一原発に残ったのは69人にすぎなかったこと」から、「退避」という言葉を使ったと説明しています。これに対してPRCは、「退避」と「撤退」では読者の受け止め方が違ううえ、第一原発にはまだ本部機能があったと指摘。「命令違反」に「撤退」を重ねた見出しについて、「否定的な印象をことさら強めており、読者に所員の行動への非難を感じさせる」としました。

うーん。これも何か結論ありきな気がしませんか?もちろん、撤退の方がネガティブなイメージを受けますが、担当記者が主張したように「第一原発に残ったのは69人にすぎなかったこと」(所員のうち9割の690人が退避)を「撤退」と表現するのは、それほど無理はないように思います。むしろ、吉田氏自身が「はるかに正しい」と振り返った第二原発への「退避」(もしくは「撤退」)の必要性がなぜ生じていたのかが問題であり、それによって「退避」だろうと「撤退」だろうと、本来はさほど問題にならないはずです。

 

さらに、記事本文では「命令違反して退避」の結果、「事故対応が不十分になった可能性がある」と伝えました。実は朝日新聞の検証記事にもPRCの見解要約にも、この「事故対応が不十分になった可能性がある」という評価についての是非は記載されていません。これは究極、朝日新聞の言明としての「評価」であり、この評価は信頼できるものだという「アサーション」がなお成立しうるということでしょうか。

 

以上のように、「違反」したという表現は問題があったかと思いますが、その他の「命令」や「撤退」、あるいは「事故対応が不十分になった可能性がある」という表現については、私は「アリ」だったと思います。でもそんなことは吉田氏は一言も述べてないんだ、という批判はあるでしょう。

だからこそ、二重のアサーションをはっきりさせる必要があると強調しておきます。つまり、今回問題になったような表現はすべてが朝日新聞自らの言明における「評価」「表現」であり、吉田氏自身のものではない。そして、オリジナルの記事にも、吉田氏自身がそのような評価をしたとか、表現をしたとは書いてないのです。

しかし、これは一般の読者にはわかりづらい。

情報を伝える側が情報を受け取る側に、誰の言明かをわかり易く表示することが最大の課題といえると思います。