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意味から始める情報学

「マスゴミ」。なぜ、メディアが供給する情報はイマイチ信頼できないのか。それは意味がわからないからだ

意味不明なメディア情報の例

意味不明な記事とは例えば次のような記事です。

下記は「郵便不正事件」で逮捕された村木厚子さん(逮捕当時は雇用均等・児童家庭局長)が逮捕された数日後に朝日新聞が伝えた続報です。

この事件で問題となった「凛の会」は、活動の実態がないにもかかわらず障害者団体を名乗り、障害者団体向けの郵便割引制度の適用を受けていました。この制度の適用により、1通120円の郵便料金が8円に割引され、ダイレクトメールの送付を企業から引き受けることで不当に利益を得ていたのです。

凛の会が同制度の適用を受けるためには厚労省の「証明書」が必要でしたが、障害者団体としての実態がなかったにも関わらず証明書が発行されたため、その経緯が問題となりました。

 

2009年6月18日 朝日新聞夕刊

前局長、実態なし認識か 厚労省関係者話す 郵便不正容疑の団体

自称・障害者団体「凛(りん)の会」(現・白山会)を郵便割引制度の適用団体と認めた偽の証明書が厚生労働省で発行された事件で、当時課長で前雇用均等・児童家庭局長の村木厚子容疑者(53)が同会に活動実態がないと知りながら、発行手続きを進めるよう部下に指示した疑いがあることが大阪地検特捜部の調べでわかった。凛の会や同省の関係者の話で判明したという。

特捜部は、村木前局長が同会が適用団体の要件を欠くと認識しつつ、証明書の偽造を指示したとみて調べる。前局長は、虚偽有印公文書作成・同行使の容疑を否認しているという。

凛の会元会長(白山会代表)の××(筆者注:ここでは名前は削除します)容疑者=同容疑で再逮捕=の供述によると、××代表は04年2月下旬、障害保健福祉部の企画課長だった村木前局長と面会した際、「会は立ち上げたばかりで活動実態がない。会員にも障害者はほとんどいない」と説明したとされる。前局長は、上司の元部長(退職)から証明書発行の依頼は聞いていると答えたという。

また、厚労省関係者の証言によると、村木前局長はその直後、担当係長らに「まだ活動がほとんどない団体。大変な案件だけどよろしく」と話し、証明書の発行業務を進めるよう指示したとされる。同4月、後任の係長に着任した××容疑者=同容疑で再逮捕=が業務を引き継いだ際には、村木前局長の意向も伝えられたという。

一方、××代表は調べに「凛の会は商売目的で設立した」と説明。障害者団体向けの郵便割引制度の悪用で金もうけをするため、かつて私設秘書を務めた民主党国会議員厚労省側への口添えを頼み、証明書を不正に入手しようとしたと述べたという。

  

何が意味不明かと申しますと、以上の記事が誰の主張かわかりづらい、ということです。

普通の読者がこうした記事を読んだとき、この村木という官僚が悪意で悪徳業者の口利きを図った可能性は極めて高いと記事は伝えている、と感じるでしょう。

実はその点、新聞社側のスタンスはあくまで事件の経過をニュースとして伝えているのであり、朝日新聞社側から村木さんが「クロ」の可能性が高まったというつもりはない、といいますか、そうした言い方は避けているのです。

最初の見出しを見ましょう。「厚労省関係者話す」とあります。

厚労省関係者は誰に話したのでしょうか。朝日新聞の記者ではなく、特捜部の検事にです。

そして、厚労省関係者が話した、という事実は誰によって朝日新聞の記者に伝えられたでしょうか。厚労省関係者ではなく、特捜部検事の誰かです。ここが一番わかりづらく、肝心なところです。記事の第一パラグラフの最後で「特捜部の調べでわかった」とあります。

                                                                                                                                      

すべては特捜部の調べによることなのです。

     

一体、どこまでが特捜部の調べによるもの=特捜部から記者が聞いてきたこと、なのでしょうか。私は特捜部の調べによる部分に下線を引いています。そう、全部ですね(笑)。

 

常々、こうした事件記事は捜査当局のリークの垂れ流しを基にしており、被疑者側の主張が反映されにくいということがよく指摘されています。また、実際に村木さんはこうしたリークに対して国賠訴訟を起こしています(14年3月に敗訴確定)。しかし、そもそも大前提として新聞記事上、その記事の内容が誰の主張を反映しているのか、というのがわからないのです。

 

ここで、あえて「主張」という言葉を使わせてもらいました。

この厚労省の関係者が話したとか、団体の代表が話した、という事実の体験は記事の読者はもちろん記者もタイムリーに共有したものではありません。完全な伝聞です。しかも、特捜部という捜査機関が彼らの業務の目的において関係者から聞き出した内容なのです。記者が直接確認していない以上、この内容が事実であることに責任を負っているのは捜査機関側であり、その意味で(垂れ流している内容は事実であるという)捜査機関の「主張」と考えるべきなのです。こうした捜査機関から記者が聞いてきた情報というのは、それ自体を記者が検証するということはまずありません。仮に捜査がおかしかったとしても、捜査機関がマスコミ側に流してきた、捜査機関がどう事件を取り扱っているか、という捜査機関側の情報(主張)そのものは誤っていないからです。記事の書き方というのも、新聞社側が事件の真相を裏付け、結果に責任を負ってしまうような書き方にならないよう、捜査機関の調べ自体がニュースであることを最初の方で謳っているわけです。そんなこと意識できる読者はまずいないと思いますが。

特に見出しを見たときに記事は完全に特捜部の立場で書かれています。厚労省関係者が話したかどうか(確かに、特捜部の誘導尋問で供述させられたわけですが)自体が伝聞情報なのに、それが絶対的な事実のように受け取れますね。

一連の村木さんに関する報道について朝日新聞は後に検証記事を書いています。その中で下記のようなくだりがあります。

 

2010年9月11日 朝日新聞朝刊

(前略)ただ、一方の公権力である検察をチェックできたのか、捜査情報の裏付けは十分だったのか。その批判には謙虚に耳を傾けたいと思います。

朝日新聞社が設けている報道や取材のルールに沿って、容疑者・被告側の主張は可能な限り掲載してきました。元局長が否認していることを記事に盛り込み、見出しにとるなどの配慮もしてきました。しかし、その後の公判で、元局長の関与を認めたとされる元部下らの供述調書の大半が「検事の作文」として証拠採用されない事態までは、予測できませんでした。

 

 いやいや、待ってくださいよ。「捜査情報の裏付け」など普段からしてないでしょ。逆にそんなことしてたら、99パーセントの捜査過程は記事にできなくなってしまいます。だから、「謙虚に耳を傾ける」だけしかできません。ところが、そのことにも責任を負っている、つまりメディア側としても単なる捜査機関からの伝聞ではなく、真相を自ら究明して伝える責任がある、ひいては他のニュースでは彼らの責任において真相を伝えているかのような反省文になっています。

ここが、メディアが説明をあいまいに済ませて、結果として読者にとっては滅茶苦茶わかりづらいことになっているところなのです。本当なら、こんなことを言ってしまった次の日から、すべての捜査記事において独自の裏付け調査をすべきですが、そんなことは現在までなされていません。そして、今でも捜査情報の記事は、申し訳程度に情報元が示された上で、全体としてはさも、伝聞情報が事実であるかのような印象を与える形態をとっているのです。本当は自分で調べて責任をとるつもりはないし、また実質的に責任を被ってないのに、ある種メディアの意義を顕示するために真実に責任を負って事実を検証しているかのような記事の書き方をし、また自分たちの立場をそう説明しているのですね。